信仰声明 日本児童福音伝道協会
中央委員、推薦委員、スタッフ、各ローカル委員(コーディネーター)、光の子会およびグッド・ニュース・
クラブの教師、児童伝道学院学生によって署名される。
われらは、次の事を信じる。
1.「聖書はすべて、神の霊感によるものである。」
とのみことばによって、聖書と呼ばれる書全体を理解する。聖書は原典において誤りがなく、その教えと
権威は絶対、至高、究極的なもので、神に選ばれた聖なる人々が聖霊に導かれて、記したものである。
Ⅱペテロ、1:21、Ⅱテモテ3:16、申命記4:2
2.神は、父と子と聖霊の3人格において、永遠に存在しておられる。
これら三位は唯一なる神にして、同じ本性、属性、完全性を持っておられる。
マタイ28:19、ローマ1:20、申命記4:35、ヨハネ17:5
3.聖霊により処女マリヤより生まれた主イエス・キリストは、人性および神性を持ち、真の神であり、真の
人間である。
ヨハネ1:1-3,14,18、ピリピ2:5-7、マタイ1:20、ルカ1:30,31、ヨハネ10:30、Ⅰテモテ3:16、コロサイ1:19
4.すべての真実な礼拝および奉仕の本源であり力である聖霊は、人格、神性を持ち、誤りなき神のみことば、
聖書の誤りなき解釈者であり、真の信者ひとりびとりの心の中に住み、常に共におられ、キリストを証し、
キリストのみわざを行なわせ、私たち自身や自分の経験が王座を占めず、キリストが私たち自身を占有するこ
とを求められる。
ヨハネ15:26、ローマ8:26,27、ヨハネ16:13,14、Ⅰコリント12:13、3:16、
ローマ8:9、Ⅰコリント2:12,14、使徒1:8、使徒5:3,4
5.神のみことばに述べられているように、人は神のかたちに似せて創造されたが、全人類は、第一のアダムが
罪を犯したために堕落した。
人類の道徳性は、堕落によってそこなわれたのみならず、人類は霊的生命をすべて失い、罪過と罪の中に死
に、悪魔に服するものとなった。
「というのは、肉の思いは神に対して反抗するものだからです。それは神の律法に服従しません。いや服従でき
ないのです。肉にあるものは神を喜ばせることができません。」(ローマ8:7,8)
それゆえに、人は聖霊により、再び生まれるまで、神の国を見ることもできず、入ることもできない。いかに
改革の程度が偉大であり、いかに道徳的に高い所に達し、いかに文化が魅力的であり、いかに人道主義的、
博愛主義的な計画や団体が有用であり、いかにバプテスマや儀式が執行されようが、それらのものは、罪人が
天国へ行くにさいし、一歩の助けとさえもなりえない。しかし、上より与えられた新しい性質、みことばを通
して聖霊により、植えつけられた新しいいのちが救いには絶対に必要である。
ヨハネ3:3,6,7、テトス3:5、エペソ2:1-3、ローマ5:12、創世記1:26,27
6.イエス・キリストは、神のみ前に罪人の代わりとなり、全世界の罪のためのなだめの犠牲となられました。
キリストは罪人のために呪われ、聖書に従ってその罪のために死なれました。いかなる悔い改め、感情、
信仰、良き決意、誠実な努力、教会の規定への服従といえども、高貴な血の価値や、すべての人のために死を
味わわれた方によって、われらのためになし終えられた業の功績にいささかも加えることはできない。
ローマ3:25、5:8、ガラテヤ3:13、Ⅰヨハネ2:2、コロサイ1:13,14,20,21、ヘブル2:9、ローマ4:4,5
7.十字架につけられたイエス・キリストのからだの復活。
キリストのからだは、聖書の示すとおりに死よりよみがえり、天に昇り、信者の大祭司、弁護者として神の右
に座しておられる。
エペソ4:10、ルカ24:39、使徒1:10,11、ヘブル1:3、Ⅰヨハネ2:1
8.死と復活によって得た、満ちたりた祝福の中のキリストは、信仰によってのみ受けられる。
私たちはキリストを救い主として信ずると、直ちに死より永遠のいのちに移り、義とされ、キリストが受け入れられ
たように、父なる神のみ前に受け入れられ、キリストが愛されるごとく愛され、キリストと一つにされるのである。
キリストを救い主として受けた時、キリストは来たりて信者の中に住み、信者を通して聖なる力ある生活をなしてく
ださる。
ローマ4:3,23―25、ローマ3:28、使徒1:8、ヘブル9:15、ヨハネ5:24、ヨハネ17:23、エペソ1:3、ガラテヤ2:20、ガラテヤ4:6,7、ガラテヤ5:16
9.教会は、主イエス・キリストを救い主として信じるすべての人々によって成り立っています。
それはキリストのからだであり、花嫁である。ユダヤ人であれ、異邦人であれ、すべての信者は、聖霊によっ
てキリストのからだにつながるバプテスマを受け、互いに肢体となり、あらゆる分派的な偏見を超越し、聖い
心をもって互いにあつく愛し、平和のきずなの中に聖霊の一致を守って行く責任を持つ。
エペソ1:22,23、エペソ2:19-22、Ⅰコリント12:13、Ⅰコリント1:10、ローマ12:4,5、エペソ4:1-3、エペソ5:25-27,31,32
10.われら主イエス・キリストを信じるすべての信者は、世的な罪深い行ないより分離した生活に招き入れら
れている。
他人をつまずかせたり、キリストの十字架にそしりを招くような娯楽や習慣を避けるべきである。信者は、
キリスト・イエスにあって、良い行ないをするように創造されているのである。
「ですから、私たちは、機会のあるたびに、すべての人に対して、特に信仰の家族の人たちに善を行ないましょ
う。」(ガラテヤ6:10)
ローマ14:13、Ⅰコリント10:31、Ⅰヨハネ2:15,16、テトス2:11-14、ローマ13:12-14、エペソ2:10
11.世界の福音伝道。
この時代における神の民の至高の使命は、すべての造られたものに福音を宣教することである。子どもに対す
る福音伝道も同時に強調されるべきである。
マルコ16:15、使徒1:8、マタイ18:14、Ⅱコリント5:18,19
12.われらの主にして救い主なるイエス・キリスト御自身の再臨を待ち望むこと。
イエス・キリストの再臨は、われらの「祝福に満ちた望み」であり、われらは絶えず、これを待ち望むべき
である。
「けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、
私たちは待ち望んでいます。」(ピリピ3:20)
ヨハネ14:1-3、使徒1:11、Ⅰテサロニケ4:16-17、ピリピ3:20,21、テトス2:13
13.救われるべく主イエス・キリストを信じた人々の魂は、死に際して、直ちに主のみ前に移る。
そしてその魂は、意識を持って無上の祝福の中にとどまり、再臨の時、からだは復活し、新しいからだをまと
って栄光の中に永遠に主と共にある。
ピリピ1:23、Ⅱコリント5:8、Ⅰテサロニケ4:15-18、ルカ23:43、ルカ16:22,25
14.失われた人の魂は、死後、大いなる白き御座の最後の審判まで悲惨の中にとどまり、復活の時、「主のみ
顔の前とその御力の栄光から退けられて、永遠の滅びの刑罰」(Ⅱテサロニケ1:8,9)を受けるために第
二の死である「火の池」に投げ入れられる。
ヘブル9:27、ルカ16:22,23,27,28、黙示録20:5、黙示録20:11-15、Ⅱテサロニケ1:7-9
15.悪魔の実在と人格。
「悪魔とか、サタンとか呼ばれて、全世界を惑わす、あの古い蛇」が存在する。(黙示録12:9)
黙示録20:10、Ⅰペテロ5:8、エペソ6:11,12